歴史的建築物の活用事例 〜レストランとして蘇った旧小笠原邸〜
 旧小笠原邸は、小笠原家第30代当主小笠原長幹伯爵の本邸として1927年(昭和2年)に竣工した。設計は慶応義塾大学図書館(明治45年)、東京海上ビル(大正7年)、如水会館(大正8年)、日本郵船ビル(大正12年)の設計で知られる曽禰中條建築事務所。
戦後、一時アメリカ軍に接収されたが、昭和27年に東京都に返却された。その後は、児童福祉施設等として利用されたが、建物の老朽化が進み、昭和50年頃からは放置されていた。一時は取り壊しの方向も検討されたが、都は定期建物賃貸借(修復期間+10年)により事業者に貸し付けることを決定。定期建物賃貸借とは、現状のまま建物を事業者に貸付け、事業者は自らの負担で、都の提示する基準以上の修復工事を行い、修復後、建物の文化価値に相応しい事業を行い、都民への公開措置を講じると言うもの。借受者は公募により、インターナショナル青和株式会社が選定された。
 平成13年度から約1年半、修復費約5億円をかけて修復工事が行われ、レストラン「小笠原伯爵邸」として蘇った。

 Data
竣工年 1927年(昭和2年) 所有者 東京都
事業者 インターナショナル青和株式会社(修復及び管理運営) 修復費 約5億円
修復期間 平成13年度〜平成14年度(約1年半) 賃貸費 52,000円/月(12年間)
事業概要 レストラン事業、ブライダル事業 他

 至福の空間演出
 レストラン「小笠原伯爵邸」は、雑誌やテレビのレストラン紹介番組等で紹介される人気のスパニッシュレストラン。ランチ、ディナーともに1つのコースのみで、ランチは7,350円、ディナーは9,450円と、決して安くはないが、開店4年目の現在も来店客が絶えないのは、歴史ある荘厳な建物と重厚な調度品が醸し出す「他では味わえない、至福の空間演出」に他ならないのではないか。
 レストランの客層はランチが主婦層、ディナーは接待、カップルがメイン。映画やテレビ、雑誌等の撮影でも使われ、女性客には特に人気のようだ。
 ブライダル事業も行っており、邸内貸切によるウェディングパーティーは、こだわりを持った都会派の男女に人気。パーティーに招待された客が、レストラン客として来訪することも多い。
 事業者であるインターナショナル青和株式会社は、他に原宿初のオープンカフェ「バンブー(現在はフレンチレストラン)」をはじめ、アルベルゴバンブー(箱根、イタリアンレストラン)等を経営し、女性をターゲットとして「非日常的な空間で至福の時を提供する」、他店とは一線を画した経営戦略が伺える。

 「小笠原邸」に見る成功の鍵
 小笠原邸は、修復費用や維持管理費用等の東京都が負担するはずだったコストを削減し、且つ、歴史的にも価値ある建造物の保存と有効活用を可能とした点で、成功事例であると言えよう。その成功の鍵は、次の3つが挙げられる。
 第1に、その立地環境である。小笠原伯爵邸は東京都新宿区の、レストラン開店と時期を同じくして開通した都営大江戸線の若松河田駅から徒歩1分の位置に立地する。周辺は低層、あるいは中高層の比較的閑静な住宅地であるが、新宿から2駅で交通の便が良い。利用者は、「住宅街の隠れた邸宅レストラン」の雰囲気を、すぐに味わえるのだ。
 第2に、借り手側の事業者の経営戦略との一致である。前述の通り、インターナショナル青和株式会社は、非日常的な空間を演出し、至福の時を提供することによって女性の心を捉える店舗展開を行っている。歴史を重ねた優れたスパニッシュ建築の小笠原邸は、こうした事業展開に合致したのである。年間のテナント料がいくら安いといっても、修復費5億円を投資し、それを回収するのは容易ではない。本邸の立地環境、建築物の価値等を総合的に勘案し、事業主として名乗りを上げた同社の英断があってこそである。
 第3に、新しい機能を付加しつつできるだけ竣工当時のままの姿に修復した点である。幸いにも、本邸は設計図書や当時の写真等関連資料が残されていた。そのため、外観や内部の装飾等をかつての姿に近い形に修復することが可能となった。修復された本邸は、レストランという新しい機能を付加しつつも、かつての姿を現代に、さらに後世へと伝えるのである。
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